張掖
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張掖市

   張掖は、中国西北部、河西回廊の中段に位置する。「張国の腕であり、西域に繋がる」により命名され、昔は「甘州」と呼ばれていた。甘粛省の「甘」はここに由来する。張掖は昔から「衣の地」「食の里」と賞賛され、面積が40874平方キロー、人口が121.05万人であり、今は甘州区、臨澤県、高台県、山丹県、民楽県、粛南裕固族自治県を管轄している。

  張掖は南の祁連山脈から始まり、北に合黎山、龍首山に至り、黒河が全市を貫き、独特な砂漠とオアシス景観が生み出されている。中国第二の内陸河である黒河に恵まれ、広大なオアシスがあり、河西回廊文化を育んだ。張掖内には、恵まれた自然景観、素晴らしくて見切れない原生都会湿地、気勢のある多色の丹霞地貌、西北で一番美しい菜の花畑、アジアで一番広い馬場、独特な裕固族の風俗習慣、祁連山脈の広がる原野風景、砂礫砂漠及び氷河奇峰などの景観が広がっている。雪景色、氷山、樹海、草原、湖、緑水、砂礫が互いに引き立て合い、南国の趣と塞外の情緒が絶妙のコントラストをなしている。よって、「祁連山頂の雪を眺めなければ、張掖を江南と見間違う」と描写されている。

  張掖市は資源が豊富で、大きな潜在発展力をもっている。ここは新アジアとヨーロッパ大陸橋をむすぶ、中国国内の要路にあたり、国家西部大開発の重点的な地区の一つである。全区には、耕地面積400万ムー(山丹軍馬場を含む)、開墾できる荒れ地300万ムー以上、河川26本、年間流量26.6億立方メートル、非常に豊かな地下水、草原2600万ムー以上、森林580万ムー以上がある。森林で覆われている面積は総面積の9.2%を占めている。年間日照時間は3000時間に達する。張掖は地形が平坦で、土地が肥沃で、森林が多く、食糧が豊富である。どこも瓜や果物の香りで満ちている。張掖は大陸性気候であるから、乾燥気候で、年平均気温は6度である。ここでは、1月が最も寒く、7月が最も暑く、6月から9月までが一年中でまたとない旅行の季節である。

  張掖は国家級自然保護区が二カ所アあり、湿地帯の中の町である。山河が美しく、天地が明るい「域外江南」・住み、遊び、学びに適している「湿地の城」・明るく、清く、美しい「清涼の都」、そして文明的で調和がとれ、繁栄した「砂漠水郷」と賞賛され、昔から「金張掖、銀武威」という美称がある。ここには、アジアで最大の軍馬場、国務院の批准を経て建て来た国家級の湿地公園、及びアメリカ雑誌『国家地理』に「世界十大神奇な地理の奇観」と評定された張掖国家地質公園がある。

  張掖大仏寺

  大仏寺は甘粛省張掖市市街南西部に位置し、中国最大の室内臥仏涅槃像があるため、この名を得ている。また、シルクロード上重要な名勝旧跡群があり、国家重点文物保護単位に認定されている。大仏寺は歴史文化の都市張掖の象徴的な建築でもある。

  この寺は西夏永安元年(西暦1098年)に創建され、元々迦葉如来寺と名づけられた甘粛省内最大の西夏建築旧跡である。一般公開されている観光スポットは西夏の大仏、隋の万寿寺の木塔、明の弥陀千仏洞、鐘鼓楼及び西北で有名な清代の山西会館である。そのうち、大仏寺(甘州区博物館所在地)は景勝区の主要観光スポットで、北西内陸部で最も評判が高い仏教寺院として、「塞上の名刹、仏国の景勝」と古くから称されていた。寺内に中国現存の最大の木胎泥塑像の仏像が安置されている。仏は身長34.5メートル、肩幅7.5メートル、耳2メートル、足の長さ4メートルで、全身に金箔が施されている。仏像は真に迫っていて、「眠るが如く、覚めるが如く」の感じをさせる。

  張掖大仏寺は立派な建築、歴史の長い仏像、豊富な経巻文物をで独特な風格を形成できたばかりでなく、西夏の皇室との関わりが深いことから、その建築芸術、泥塑像、木版画、銘文、扁額及び伝説などは古代の河西回廊から西域までの建築史、民族文化、宗教文化、中外交流などを研究する上で重要な価値を有している。

  粛南馬蹄寺風光リゾート

  馬蹄寺風光リゾートは甘粛省粛南県都から南東部へ165キロ離れたところに位置し、石窟芸術、祁連山風光と裕固族の風情を融合したリゾート地である。伝説上の天馬がここに馬の蹄の跡を残したことから名を得たが、その馬の蹄の跡は現在普光時馬蹄殿内にあるといわれ、馬蹄寺の最大の宝とされている。

  馬蹄寺観光地は景色が美しく、清い山、澄んだ水、珍しい峰と不思議な岩窟があり、四絶と言われている。観光地の平均海抜は2580メートルほどで、年平均気温は1から3度までで、森林面積は10万ムーぐらい、主にトウヒとイブキで覆われている。ここには、野牛山、正南溝脳、跌水山、大観星山、大都麻河脳、龍山などの峰があり、大野口、蘇油口、小都麻、大都麻、海潮堰、河牛口、馬蹄、洪水大河等の重要な河があり、臨松滝が年中流れ落ちている。その他、金塔寺・上、中、下の観音洞・馬蹄南、北寺という晋代に建てられた馬蹄石窟群の文物旧跡は、国家級文物保護部門に登録され、人文景観、自然風景と民俗風習を融合した観光景勝地となっている。

  観光客はここに来ると、裕固族のテントに住み、ハダカムギ酒を飲み、手で食べる羊肉を味わい、草原にある遊牧民族の生活方式と文化特色を体験できる。

  焉支山森林公園

  焉支山森林公園は山丹県の東南45キロメートルに位置し、軍馬大草原で隔てられて祁連山脈と向かい合っている。面積は680平方キロメートル、海抜は2919メートルで、自然の風景に頼っている観光地である。胭脂山とも呼ばれるが、ここにあるある種の花は、その液で紅を作り、また女性が眉を描き、紅を差すために使われる草花もあり、そのために命名された。

  観光地区内には、常緑の松や柏、生い茂った草や木、鳥のさえずり、香りのよい花等があって風光明媚で心地よいため、河西回廊の「小黄山」と称されている。山に登って遠くを眺めると樹海が広がり、眼下には谷間が縦横に走り激流が流れ、森林にはキバノロやアナダム等の野生動物が出没し、峡谷の両側には珍しい石が見られる。夏と秋には、一面の山を赤く染めるヒメユリの花が先を争って咲く。区内には、唐玄宗天宝年間に建てられた鐘山寺の旧跡、歴史上有名な「万博会」遺跡、再建した宗教勝地の玉皇殿と大仏殿、山丹十景の一つの「山丹朝日」がある。唐代の詩人李白はここに「虽居焉支山,不到溯雪寒」という絶句を残している。

  毎年の旧暦六月六日は山丹焉支山の縁日である。夏であるから、風が快く、景色が明るく、観光客が大勢で、車がひっきりなしに行き来していて、盛んなることこの上ない。今では、ここは既に中国内外の観光客が憧れているところで、シルクロード観光ルートで見なければならない名勝地になっている。

  張掖国家湿地公園

  張掖国家湿地公園は張掖市甘州区校外の北に位置し、市内と密に繋がり、東経100°06′—100°54′で、北緯38°32′—39°24′で、湿地面積は2.6万ムーである。主体は市街区の北郊外の地下水が溢れる地帯にあり、市街区に近く、都市に最も近い湿地公園である。

  張掖国家湿地公園の計画区は黒河の中流、祁連山脈洪積扇の前縁、黒河の古い川筋及び地下水が平原に溢れて形成した地帯に置かれ、河、草木、沼地、草の生い茂る湿地等の天然湿地と人口湖、池、水路等の人口湿地を主体として、複合湿地エコロジー系で、多種類の湿地があり、原生態の特徴が際立っている。記録よると、張掖の北の郊外は昔から「甘州北の水雲郷」と呼ばれていた。市街区から北の郊外に至るまでは湖があり、泉が湧き出ていて、3万ムー以上湿地帯が形成されていた。

  祁豊文殊寺石窟群旅行観光地

  文殊寺石窟群旅行観光地は甘粛省張掖市粛南県祁豊チベット族境界内に置かれて、前はシルクロードに臨み、後ろは祁連山脈に寄り掛かり、前漢の名勝地酒泉と天下険要な関所である嘉峪関に隣接している。

  観光地内の石窟は東晋明帝太寧時期に創建され、すでに1500年以上の歴史があり、中国の重点的な文物保護部門である。文殊山石窟は中国初期の仏教の残存したもので、涼州モデル石窟の範囲に置かれて、五胡十六国時代の仏教芸術を研究する貴重な資料で、河西地区と西域の仏教建築、芸術関係の研究にとって大変な価値がある。その壁画は河西地区早期の洞窟壁画の構成的特徴がある。その中に、莫高窟壁画の内容の不足を補える壁画がり、敦煌芸術の延続と発展としての壁画もある。現存の西夏時期の壁画は西夏仏教及び絵芸術を研究する重要な資料である。特に五百羅漢はその姿が真に迫り、河西では唯一のものである。

  文殊寺石窟群旅行観光地は文化遺産が豊富で、民族風習が色濃く、旅行資源が豊かであるため、観光客が名所旧跡を見物する同時に、チベット族、裕固族、モンゴル族の民族風情も感じられ、離れ難い気持ちにさせる。

  張掖丹霞地質公園

  張掖丹霞地質公園は祁連山の北麓に、臨澤県の南の30キロメートルに置かれ、中国唯一の丹霞地貌と多彩な丘の復合区で、高い科学研究及び旅行観賞の価値がある。「中国の最も綺麗な七大丹霞」の一つと評されている。

  中国丹霞地貌は総数が790カ所にのぼり、東南部と西北部における乾燥地帯の26の省区に広がっている。その中、張掖丹霞地貌は面積が536平方キロメートル以上で、中国の乾燥地区にある最も典型的で面積が一番広い丹霞地貌景観で、地貌の造りが一番豊かな地区の一つである。

  何千もの崖や山が全て鮮やかな赤色や褐色に覆われ、相互に映えて輝きが添えられ、「色は濃い紅如く、煌めきは明るい霞如く」という奇妙な風采を保っている丹霞地貌が展開されている。当地の少数民族はこの独特な山の景観を「阿蘭拉格達」(赤色の山の意)と呼んでいる。著名な監督張芸謀の映画「三槍拍案驚奇」、姜文が演出した「日がいつも通り昇る」等は全てここをロケーション地として撮影したものである。

  山丹大仏寺観光地(AAAA

  山丹大仏寺は甘粛省張掖市山丹県の西方5キロメートルの瞭高山の麓にある千年以上の歴史を持つ古くて名高い寺院である。その古い名は「土仏寺」であり、北魏時代(西暦425年)に建設され始め、すでに1500年の歴史がある。寺内には世界で一番大きな室内座仏がある。

  明英宗朱祁鎮が自らこの寺に扁額「土仏」を書き、それが「土仏寺」の名の由来となっている。この寺は歴史の上で何度も戦火で壊し、何度も再建された。1971年には、文化大革命であわや壊されるところであった。1992年の初め、当時の住職釈覚慧法師が四方八方に布施を求め、そして香港の宝蓮禅寺の有名な仏教活動家の聖一法師の援助で、総額1700万元が費やされ、山丹大仏寺が再建され、1998年に正式的に開眼した。

  毎年の旧暦の四月四日は山丹大仏寺祭りの伝統節であり、もう数百年の歴史があり、清時代に至って全盛期に達した。しかし、そのあとは次第に衰えてしまった。20世紀90年代から山丹県政府がその民間芸術と地方習俗、仏教文化を集める大仏寺の伝統祭りを回復したため、今では盛んな祭りの様子から、山丹県の地方の民俗を楽しむことができる。

  高台西路軍記念館(AAAA)

  高台西路軍記念館は張掖市高台県にあり、「塞上の江南、北涼の古都」と称えられ、その前身は高台烈士の霊園であり、1953年に建設がはじまり、現在、260ムーの面積を占めている。園内では河西回廊で戦い、高台で血戦して壮烈な死を遂げた紅五軍の司令官の董振堂と政治部主任の楊克明など3000名以上の紅軍西路軍の革命烈士の遺骨が埋葬されている。この記念館は中国の重点の烈士記念建築物保護機関となり、そして紅西路軍歴史の記念、展示、保護と研究センターでもある。

  観光地区内にはサービス施設がそろい、構造が荘厳で優美であり、建物が整然と並んでいる。観光客サービスセンター、通風のよい正門、及び正門にある一組の彫刻、「高台に血戦した」という彫刻群、記念碑、紅五軍戦死烈士共同墓地と記念館がある。園の前には南北のバランスがとれた三つの庇をもつ二階五角形の東屋がふたつある。その記念碑の南北両側にそれぞれ董振堂、楊克明の記念東屋が建てられている。その建築物と芝生、松の木と柏が互いにその美しさを競いあい、美しい環境となっている。現在は全国の紅西路軍の歴史を反映する最も全面的で権威のある記念館である。

  中華裕固風情回廊(AAAA

  中華裕固風情回廊は甘粛粛南裕固族自治県にある。全長80キロメートル近くもあり、氷河雪山、原始林、天然草原、湿地と湖、滝と河、峡谷と谷川、丹霞地形が合わさった地形景観の園であり、張掖国家地質公園の重要な構成要素である。

  観光地は祁連景色を形とし、歴史文化を骨とし、裕固風情を魂として、果てしなく広がる丹霞と果てしなく遠い草原と静かで美しい森を利用し、裕固族の千年の独特で神秘的で果てしない歴史文化を有機的に融合させ、祁連山を抱きしめるような様相を呈している。

  観光地は「裕固族の印象ー裕固族の歴史ー裕固族の風情ー裕固族の聖世」の四つの分野を通じて、祁連山脈の美しい景色を明確に示し、多様で神秘的な裕固文化を強め、「祁連山脈のエコ観光を軸として、民族の歴史を明らかにし、裕固族風情を味わう」ことで、地質観光やエコ休暇、レジャー娯楽などを含む複合効能観光地となっている。そして、宗教文化や民族風情、自然風光、丹霞地形などが集積された観光地となり、観光客に「山を絵を見るような目で見、山を歴史同様に観光させる」ことを目的としている。

  高台大湖湾水利観光地(AAAA)

  大湖湾観光地は「シルクロード」の中部にあり、張掖市西方の70キロメートルに位置し、総面積が7平方キロメートルである。地理的条件に恵まれ、自然風光が美しく、南を眺めると、祁連山脈は銀蛇が舞う如く鎮座し、北に目をやると、弱水川がさらさら流れている。農業灌漑とレジャー観光、水産養殖を集めた総合旅行自然観光地である。

  観光地は高台の耕作地の背後にあり、周りは広い田畑、帯状の林と緑地である。観光地区内は地勢が低く、水量が多く、土が肥沃なため、いろいろな植物の成長に適し、植生被覆率が95%に達している。「緑の草が勢いよく育ち、人々を喜ばせる」といわれる。優れた環境と適正な気候のため、鳥の繁殖地となっている。観光地全体が、鳥がさえずり花が香しく、生命力が満ちあふれている魅力的な景観になっている。湖の中心に龍を象った古い建物があり、梁や柱は彩色が施され、よって「龍宮」とも呼ばれている。気候によって、龍宮は霞んで見えるが、その光景は蓬莱仙境に勝るとも劣らない。また観光客に味わってもらえる色々な魚もある。大湖湾観光地は碧い水と青空、田園風景によって、河西回廊の独特な観光風景ラインになっている。

  張掖市玉水苑観光地(AAAA)

  玉水苑観光地は張掖滨河新区の北側にある祁連玉文化産業園区にあり、張掖滨河新区の主要な部分である。観光地内には古典建築が雑然としながらも趣ある風情でたたずみ、造りが斬新で、しかも古風で優雅で、ロマンチックと荘厳があいまってとても上品で美しい。中を歩いていると、胸のときめきが止まらない。

  玉水苑は主に祁連玉をテーマとして、文化、建築、美玉、山の石、碧水と植物を自然景観と融合させ、祁連玉石の加工と取引場であり、鑑賞もでき、祁連玉石文化伝播や学術交流、旅行観光、レジャー娯楽などを含む現代的園区である。

  高台月牙湖公園(AAA)

  高台県月牙湖公園は県都の西方1キロメートルにあり、公園の面積は560ムー、その中で水域面積が186ムーである。湖の水面は五つの島で構成され、島と島の間はアーチ型の橋や平らな橋でつながっている。

  公園全体は元の湿地地形にしたがって建設されたもので、元のエコロジー環境を保存し、湖の周りにアシが生い茂り、シダレヤナギが柔らかく舞い、合理的にレイアウトされた東屋や水亭はそれぞれに特徴があり、園内には湖と島の間に曲橋、アーチ型橋、平橋でつながり、並木道が深く曲がりくねり、いいレジャー娯楽であり、体を鍛える格好の場となっている。

  高台祁連ぶどう荘園(AAA)

  祁連ぶどう荘園は高台県南華鎮にあり、総面積2158.32ヘクタール、ぶどう農園、園芸技術園とぶどう酒生産工業園の三つの園区からなっている。

  高台祁連ぶどう荘園は中国でぶどうを育てる最適なゴールデン地区であり、三つの園区の長所を活かし、企業文化PRと酒の展示、観光のための展覧室を設けている。緑化、美化工業園区は1.8万平方メートルを占め、工業園区には小川に小さな橋が架かり、ぶどう回廊、中央噴水、景色を楽しむ東屋やなどの観光構成施設を整え、年を追うごとに観光価値が上昇している。ここはすでに、科学研究実習やレジャー休暇、観光避暑、飲食営業、娯楽などを集めたエコ観光地になっている。

  張掖甘泉公園(AAA)

  張掖甘泉公園は張掖市县府北街の北の方にあり、張掖の名所「甘泉」から名付けられた。公園は299ムーの面積を占め、南北の中軸線にそれぞれ二つの園門が開かれ、南門は正門で、前の县府北街とつながり、北門は環城北路とつながり、二つの門の間は狭い道路が通っている。

  甘泉公園は水を中心に、山水が互い違いにあり、並木道が深く曲がっている庭園のスタイルが目立ち、自然、静寂、優雅さを求めることができる。園内には東と西の湖、童心園、植物園、大小の東屋、湖心島、青少年活動センターなどの観光スポットがあり、松と柏がよく生い茂り、草花が多く、東屋と亭台が互いに映し合い、枝垂れ柳が水を撫で、景色がきれいで、この市の一番大きなレジャーや娯楽、休暇を楽しめる総合的な都市型花園である。

  山丹南湖生態植物模範園(AAA)

  山丹南湖エコロジー植物観光地は県の南方に位置し、花卉と樹種の新しい品種を山丹で実験し、普及させる林業模範園であり、同時に歴史自然風景と人民風景を融合させた観光地である。

  模範園は1982年に建設が始まり、既に20万平方メートルの敷地面積になり、観覧景色は20カ所に近く、娯楽アトラクションは10カ所以上あり、観光旅行、レジャーや娯楽、飲食営業やパーティー会場などあわせた新型で総合的な公園になっている。園内には発塔寺や常青苑、転輪亭、昭文堂などの建築がある。発塔寺にある発塔というのは、インドのアショカ王によって作られた八万四千の塔のひとつ(中国には19の塔がある)である。千年の風雨にさらされ、すっかり消え去って跡形もなくなり、明の時代に発見された塔の基礎の上に発塔を再建したが、やがて地震と人為的な原因で壊れてしまった。2004年に、公園の南側に塔が再び建設された。発塔は五丈の高さがあり、台座は三段で高さは二丈近くある。塔の本体は瓶のような形で二丈以上の高さがあり、上部の相輪は一丈ほどの高さで傘のような形をしている。塔の頂には風鈴があり、風が吹くとゆらゆら揺れ、その音は四方に響き、その勢いはとても壮大である。

  七一氷河  

  七一氷河は嘉峪関の南約130キロメートルの祁連山脈の山中にあり、1958年七月一日に地質サーベイヤーによって発見され、その発見した日付にもとづいて「七一氷河」と名付けられた。この氷河は勾配45度弱の小さい山坂にあり、氷の厚さは平均78メートル、一番厚いところでは120メートルに達している。氷河のある峰の海抜は5150メートル、氷舌の最前線の海抜は4360メートルである。そして、「アジアで町から一番近く観光できる氷河」として、中国の一部の高等教育機関の旅行専攻の教科書にも記載されている。

  七一氷河観光地域は約4平方キロメートルであり、夏と秋になると、氷のある峰は、青空の下できらきら輝き、溶けた水はさらさらと流れ、渓流となり、草木が生い茂り、花が咲き、険しい山にある牧場は、静かだが生命力が満ちあふれた魅力的な絵巻である。氷河観光には、5キロメートルの歩行者天国が建設され、「青い山脈は老いることはないが、雪のため髪は白くなる」という記念碑が建てられている。氷河の海抜が高いため、観光客が登ると、曇り、晴れ、雨と雪に遭遇し、一日のうちに四季を体験でき、一生忘れられない思い出になる、といっても過言ではない。ここの最もユニークなところは自然であり、彫刻の痕跡など全く無く、万物を創造するという珍しさと純粋さを感じ取り、大自然の本来の姿を知り尽くすことになるに違いない。7 P$ A. L' \( D( K6 e% K7 s' t

 

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