白銀
現在位置:ホーム > テキスト
白銀市

  「銅城」とも言われる白銀市は、甘粛省の中部に位置し、黄土高原とタングリラ砂漠とが隣接する地帯にある地級市で、白銀・平川の2つの区及び靖遠・景泰・会寧の3つの県を管轄している。面積は21209平方キロメートルで、人口は170万8751人。白銀では早くも明朝洪武年間から、金・銀の採掘が大規模に行われていた。当時、日に一斗の金と大量の白銀が採れるという盛況さで、政府によって現在の市街区から10キロメートル離れた鳳凰山、火炎山、銅場溝に鉱山の管理機構「白銀工場」が設立された。白銀市の名前もそれから命名されものである。

  白銀は南東から北西へと地勢が傾斜し、桃の葉の形をしている黄河は「Sの字」を描きながら白銀を流れ、市を二分している。北西から南東へ、景泰、靖遠、会寧の三つの県は「一」という字形を呈し、桃の葉脈のようである。また、西から東へは、白銀区、靖遠、平川区が、桃の葉の中心に横一列に並んでいる。黄河は白銀市内を258キロメートル流れ、その流域面積は14710平方キロメートルにも達している。白銀市は甘粛省の総面積の4.4%しか占めていないにもかかわらず、銅、石炭、粘土、石灰石、石膏などの鉱物資源を豊富に埋蔵している。

  白銀市は黄河石林を代表とする自然景観、紅軍友軍同士が合流した記念地を代表とする人文景観など豊かで独特な観光資源がある。その分布については、一本の帯の両翼と一線という特徴がある。一本の帯とは黄河沿岸のことで、景泰黄河石林、黄河大峡谷、靖遠黄河景観園、四竜休暇村、五仏寺、北武当山、黄河水車、ヤンピーファーズなどの観光スポットの多くがこの帯に分布している。両翼とは黄河を境とした、北西(景泰)と南東(会寧県)の地区のことだが、そこには寿鹿山、昌嶺山、鉄木山、屈呉山、ハスー山、会寧紅軍長征合流記念地などの観光スポットがあり、自然景観と革命戦争の跡が見所である。最後に、一線とは南から北へ白銀全域を貫くシルクロードのことで、沿道には打拉池古城、郭城駅站、法泉寺、寺児湾石窟、玉仏寺、老虎城、芦陽城、紅水堡などの観光スポットが点在し、人文的景観を呈している。

  景泰黄河石林风景旅游区(AAAA)
  黄河石林は白銀市から北へ70キロメートル離れた景泰県竜湾村にあり、10万平方キロメートルの面積を占めている。地殻変動により、黄色味を帯びた褐色の砂礫岩を主とし、さまざまな形の石林地形が形成されている。

  石林は険しい崖が天を凌ぎ、さまざまな奇観をなして、まるで彫刻家が完成させた幻想的な作品のようだ。「観音打座」、「屈原天に問う」、「華木蘭遠征に立つ」、「月下の恋人同士」、「十里の屏風」など、さまざまな形、奇々怪々な石柱、石筍、石林の絶景が至る所に見られる。中華民族の母なる川――黄河は、S字を描きながら、滔々と流れている。川の東岸には、天に聳える石林のほか、山を背にし、川に臨み、木々が茂っている「竜湾オアシス」がある。

  黄河石林は黄河、石林、砂漠、ゴビ、オアシス、農村など多様なものを巧みに融合させ、山水隣り合い、動静兼備、気宇壮大な景勝を見せてくれるが、『神話』、『大きな柿の木』などの映画・テレビドラマのロケ地になったことで、一層その名を世間に知られるようになった。

  会寧紅軍合流旧跡

  この旧跡は甘粛省会寧県会師鎮にあり、中国工農紅軍第一、二、四番の紅軍が成功裏に合流したのを記念するために拡大建設された革命の遺跡である。

  「会師楼」は明代にその建設が始められ、紅軍が会寧で合流した歴史の物的証拠であると同時に、会寧古城のシンボルでもある。

  1986年に、合流50周年を記念するため、会師記念塔を建てた。塔には「中国工農紅軍第一、二、四方面軍会師記念塔」との鄧小平氏の手になる題辞が彫られている。また会寧県の大墩梁、慢牛坂に紅軍烈士の霊園も同時に建造された。「紅軍会師革命文物陳列館」の中には、合流当時に紅軍が使ったカンテラや銅壺など大量の文物が展示されている。

  靖遠法泉寺景勝区

  靖遠法泉寺景勝区は靖遠県東湾大坝村に位置し、白銀市まで70キロメートルの距離にあり、国道109号がそのそばを通っている。法泉寺には仏教・儒教・道教の三宗教が集まり、建築・彫刻・造園・文学などが一丸となっている。

  法泉寺景勝区は総面積が3.86平方キロメートルに達しているが、寺院建築の面積は5200平方メートルである。建築が北側、南側にそれぞれ建てられ、いずれも崖を背にして、壮大な気勢がある。中には寺院の門、門楼、万仏塔、五百羅漢堂、玉皇洞、王母宮、八仙宮、文昌閣、天峰塔、魁星閣など60以上の拝殿や本堂や楼閣があり、僧侶修行の道場、悟りの理想地とされ、「法泉の地、霊なり」と褒め称えられている。明代、兵部尚書彭沢がここに遊学し、近代では、張大千、於右任、何裕をはじめ、多くの文人がこの地を訪れ、書道の傑作を残している。

   景勝区には「竜骨」、「墨池」、「新月」と三つの泉が噴出していることから、また陝西省古刹法門寺を本山とすることから、「法泉」と命名されたと寺名の由来があると言われている。法泉寺は北魏の時代に創立され、唐・宋の時代に全盛期を迎えたのち、時代ごとに修繕・築造が繰り返されてきた。法泉寺は初唐の大将尉遅敬徳によって建造されたが、宋の崇寧5年(1106年)に恩賜によって西安の景雲寺と上・下両院の禅寺となった。後に何度も戦火に遭ったが、1988年に法泉寺は修繕・新築され、その建築は完全に保護されている。また20世紀60年代、この寺院には国家一級文物「四庫全書」が秘蔵されていた。ここでは毎年4月8日に「浴仏節」(潅仏会)という行事のほか、7月15日に中元法会が行われている。

  寿鹿山森林公园(AAA)

  寿鹿山森林公園は景泰県寺灘郷障荘村にあり、景泰県都から39キロメートル離れている。総面積は1086ヘクタールある。公園は砂漠と黄土高原との過渡的地帯にあり、砂漠やゴビに囲まれ、昔から「ゴビの中のオアシス」と高く評判されている。

  森林公園には炎天に飛雪、神闕台、香柏園、鹿女花を踏む、砂漠に日沈むなどの観光スポットがあり、さらに牌楼正門、親子鹿展望台、仙人洞、崖畔橋、天梯雲路、真武殿、方園亭、鹿女亭、回廊、木野子亭、人工湖、鹿苑、虹橋など13カ所の観光スポットが新しく設けられている。

 

Copyright 2014 Gsta.Gov.cn All Rights Reserved        1280x1024の解像度を使用することをお勧めします        IE8.0以上のブラウザ
著作権甘粛省観光局       webmaster@gsta.gov.cn       ロングICP番号08000046